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「向き合うことで自分の本質に気づく」茶道家で実業家のTeaRoom岩本さんに聞く、お茶の思想

「僕にとって、お茶は人間性を取り戻せる場所です」

茶道家兼実業家の岩本涼さんは、そう語ります。

岩本さんは、9歳のころからお茶・茶道をはじめ、23歳で宗名(極意を皆伝された茶人に付ける名前)を授けられました。大学在学中には、お茶の生産・販売・事業プロデュースを手掛ける株式会社TeaRoomを立ち上げ、文化と産業の両方からお茶に関わり続けています。

では、どうしてお茶がそんなにも岩本さんを惹きつけるのでしょうか。「もてなし」の美学とも言われるお茶。その根底にある思想について岩本さんに伺いました。

岩本 涼(いわもと りょう)
1997年生まれ。幼少期より裏千家で茶道経験を積み、21歳で株式会社TeaRoomを創業。静岡県本山地域に日本茶工場を承継し、農地所有適格法人の株式会社THE CRAFT FARMを設立。循環経済を意識した生産や日本茶の製法をもとにした嗜好品の開発及び販売、茶の湯関連の事業プロデュースなど、お茶の需要創造を展開。 裏千家より茶名を拝命し、岩本宗涼として "茶の湯の思想 × 日本茶産業"に対する独自の視点で活動。「UC Davis Global Tea Initiative」最年少登壇、「Forbes 30 UNDER 30 JAPAN 2022」など。

お茶は、逃げ場。年齢や肩書きを外して誰かと出会える場所。

——岩本さんは9歳のころに茶道をはじめられたと聞いています。それからずっと続けてこられて、現在は茶道家。お茶で起業もされました。お茶のどのような点を魅力に感じられたのですか。

僕がよく思うのは、お茶は、逃げ場のような場所だということです。

僕たちが生きる社会のなかでは年齢や肩書きが重視されますが、そのようなものは本来の自分とは異なり、人間として大切なことを見えなくする性質を持つと感じています。

お茶は、年齢も肩書きもいろんなものを外して、ただ一人の人間として肯定する、肯定される場所。人間性を取り戻せる場所というのが、お茶らしい言葉だと思います。

——お茶の何がそうさせるのでしょうか?

お茶の構造に理由があると考えています。お茶をたてて人をもてなす会を茶会、茶会が行われる場所を茶室といい、それらの構造が人を人たらしめるのかなと。

たとえば、躙口(にじりぐち)。茶室に設けられた小さな出入口のことを躙口というのですが、とても小さく狭い出入口のため、誰もが頭を下げて通る必要があります。

▲躙口。高さは約66cm、幅は約63cmしかない。

そうすると、子どもも大人も、新卒社員も大企業の社長も、みんな頭を下げて茶室に入るわけです。そして、正座して一杯のお茶を待つ。

一般的には、地位やお金があったら頭を下げたり、正座したりすることは少ないでしょう。でも、茶室はそれをさせるんです。どんな人にだって。

何が良いんだと思われるかもしれませんが、その空間は、もてなす一人の人のためだけを思って、作られた空間。お茶も、お菓子も、茶道具も、掛け軸も、茶花も、その人のためだけを思って選ばれたもの。すべてが合わさって、一つの空間が生まれます。

年齢や肩書きが外れて、ただ人と人が対面する空間のなかで、目の前の人のためだけを思って、一杯のお茶をたてる。その空間から、時間から、人として本当に大切なものを教わる感覚があるんです。

相手をもてなすために、自分と向き合う。対話するために、内省する。

——お茶から大切なものを教わる感覚があると言われましたが、“大切なもの”を言葉にするとしたらどのような内容になりますか?

ひとつ選ぶとしたら、人をもてなすために自分と向き合う、ということ。

たとえば友達の誕生日を祝うときでも、どうやったら相手に喜んでもらえるか考えますよね。相手の好きなものを知っているからプレゼントを用意する、人を集めるのが得意だからパーティーを企画する、映像制作ができるからホームビデオを作る。自分に何ができるだろうと向き合って、相手に喜んでもらえるよう最大限のものを準備する。大切なことは言葉だけでは伝わらないから、人はなにかに託します。

僕は、お茶や茶会も“物語を非言語で作る”ツールだと考えています。お茶やお菓子、掛け軸、茶道具、茶室にある一つひとつのものに意味を込め組み合わせて。そうして織り上げた物語を相手に渡すものだと。

相手をもてなすには、自分や過去と向き合わなければなりません。自分のなかから、相手にとって価値を感じてもらえるようなこと、伝わってほしいことを見つけていくしかないから。そのように自分に向き合ってたてたお茶だからこそ、人をもてなすことができるのだと感じています。

自分と向き合うことが相手と向き合うことに。内省が対話につながっている。これが、お茶を含めた日本文化の特徴であり素晴らしい点だと思っています。

いつか、冷え枯れていく。「向き合うことで自分の本質に気づく」お茶とコーチングに共通する思想

——「自分と向き合うことが相手と向き合うことにつながっている」という言葉に、コーチングとも共通する思想を感じました。

そうですね。私自身コーチングを受けていて感じるのは、コーチングも自分の中から答えを見つけるプロセスだということです。いまの自分と向き合って、ありたい自分とのギャップを感じて、日々の行動を変えていく。自分と向き合って、未来を決めていく流れはコーチングとお茶で共通している点ですね。

また、お茶の世界には「わび」という言葉があります。わびは「冷え枯れる境地」とも言われます。

わびや冷え枯れるという概念をひと言で表現すると、「すべてを手放してもなお残り続けてきた本質的なもの」。お茶の世界では、その本質にたどり着くことが境地とされているんです。この境地もコーチングが目指すところに近いと感じています。

誰しも、自分が何者なのか、自分の本質は何なのかと悩むことがあると思います。それで、いろんな知識や肩書きを得たけど、まだ分からないと悩む人もいるでしょう。

ただ、わびや冷え枯れるという言葉からは、一生懸命生きていれば、それを振り返ったときに本質は見つかるという印象を受けます。時がいろんなものを手放させる一方で、過去が点と点でつながって、自分が大切にしていることが見えてくる瞬間がある。

この「頑張っていれば、いつかわびていく、冷え枯れていく」という予感は、僕にとっては励みです。いま見えないことも、悩んでいることも、ただ毎日をまっすぐに生きていれば、いつかきっとたどり着くのだと思えて。